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東京地方裁判所 昭和52年(モ)3515号 判決 1977年5月31日

債権者 東京洋行株式社

右代表者代表取締役 鈴木旭

右訴訟代理人弁護士 宮原功

債務者 株式会社目白スタジオ

右代表者代表取締役 岩田洋一

右訴訟代理人弁護士 金網正巳

主文

東京地方裁判所が同庁昭和五二年(ヨ)第一三七九号債権仮差押申請事件について昭和五二年三月二日なした仮差押決定はこれを取消す。

債権者の本件仮差押申請は却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

《省略》

理由

一  債権者は、昭和四五年一二月一八日、本件建物の所有権を取得し、昭和四六年四月三〇日その旨の登記を経由したこと、債務者は、右建物について、債権者の前所有者との間で賃貸借契約を締結し、これに基づき、右建物の引渡しを受けてこれを占有し使用していたこと、債権者は右建物を昭和四八年一一月二日第三債務者に売り渡したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、債権者は本件建物の所有権を取得した後、債務者の本件建物に対する賃借権を否定し、債務者が昭和四六年五月から昭和四七年九月までの賃料合計金八五万円を支払ったのに対し、損害金として受領する旨債務者に通知していること、そのため、債務者は、昭和四七年一一月、一二月の賃料金一〇万円を昭和四八年一月一一日に、昭和四八年一月から四月までの賃料金二〇万円を同年五月二三日に、いずれも受領拒否されることが明らかであるとして弁済供託したことが認められる(なお、以上のうち、賃料支払の事実および供託の事実は当事者間に争いがない。)。

また、債務者が昭和四七年一〇月の賃料を支払ったことは当事者間に争いがない。

債権者は、昭和四六年五月から昭和四八年四月まで及び同年八月から同年一〇月までの合計二七ヶ月分の賃料合計一三五万円を請求債権として、昭和五二年三月一日本件仮差押申請をなし、同月二日本件仮差押決定がなされた。

右決定後の昭和五二年三月一七日、債務者が前記供託金を取り戻したことは当事者間に争いがない。

三  以上によると、債権者が本件仮差押申請をなした当時においては、請求債権一三五万円のうち、一二〇万円については弁済あるいは弁済供託されていたのであり、被保全権利も保全の必要性も存在しないことが明らかである。また残る昭和四八年八月から同年一〇月までの賃料一五万円については、仮に債権が認められるとしても、債権者が債務者の賃借権を否定して賃料の受領を拒否しており、債務者は請求債権一三五万円のうち一二〇万円を弁済あるいは弁済供託している等の事情の下においては、仮差押の必要性を認めることはできない。

したがって、本件仮差押申請は、それがなされた当時においては、その全部について要件を欠き理由のないものである。

四  しかし、被保全権利および保全の必要性の存否を判断する基準時は、異議訴訟における口頭弁論終結の時であるところ、本件においては、本件仮差押決定後、本訴の口頭弁論終結時までに債務者が前記供託金を取り戻しているので、その点について更に判断する。

供託金が取り戻されれば、弁済の効果は発生しなかったことになるのであり、また取り戻された以上保全の必要性も生ずるようにも考えられる。しかし、一般的には保全の必要性があるとされる場合であっても、その事態を債権者自らが生じさせたものであるときには、保全処分により債権者を保護する必要はないのであり、保全の必要性はないとすべきである。本件においては、債権者は、賃料の支払を受けるつもりであれば、供託金を受領すれば足りたにもかかわらず、それをなさず、あえて理由のない仮差押申請をしたものであり、決定を得た後も供託金を受領しなかった。このような事情の下では、債務者が右供託金を取り戻したからといって、保全処分により債権者を保護すべき必要はないというべきである。

したがって、昭和四七年一一月から昭和四八年四月までの賃料三〇万円については、口頭弁論終結時において保全の必要性を認めることはできない。

また、昭和四八年八月から同年一〇月までの賃料一五万円について申請時においては保全の必要性が認められないことは前述のとおりであるが、供託金の取り戻しの経過は右に述べたとおりであるから、右事実を考慮にいれても、右賃料一五万円について保全の必要性があると認めることはできない。

したがって、本件請求債権のうち、昭和四六年五月から昭和四七年一〇月までの賃料九〇万円については被保全権利の存在が認められず、その余の分については保全の必要性が認められない。

なお、債権者は、賃料債権が認められない場合には、予備的に昭和四六年五月から昭和四八年一〇月までの賃料相当額の不当利得金返還請求権を請求債権とする旨主張している。しかし、昭和四六年五月から昭和四七年一〇月までは債務者は賃料を支払っているのであるから不当利得金返還請求権を認める余地はないし、その余については、前述の事情の下では、請求債権を不当利得金返還請求権と構成したとしても、保全の必要性を認めることはできない。

五  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件仮差押申請はその全部について理由がないことになるから、これを認めた本件仮差押決定は取消を免れない。

よって、本件仮差押決定を取消し、債権者の本件仮差押申請を却下し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 房村精一)

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